とある研究員の思惑

一週間前に起こったミス桐葉の失踪が世間の話題をさらってる。怪異や悪魔の出現でいわゆる神隠しが「よくあること」になったとはいえ、難関私立大学のミスコン優勝者がある日突然姿を消したという今回の事件は話題性十分だった。この事件をきっかけに、国内の全信号に監視カメラをつけるべきだとか、警察が犯人を特定できなかった場合は国が賠償すべきだとかいう議論が再加熱し、日々SNSを騒がせている。

大方のSNSユーザーの想像どおり、この事件は神隠しではない。なんといっても、彼女は今、私の目の前にいる。どうにも彼女は自らここへ来たらしい。らしいというのは、自分のような一介の研究員には、組織がどんな方法でこの極上の素体を手中に収めたか知る術がないからだ。組織にはいくらでも手段があっただろうが、とにかく彼女はここまでの実験を通じて、こちらに憎悪の目を向け恥辱に涙を流すことはあっても、物理的に抵抗することは一度もなかった。

ほとんどの研究員は、被験体とのコミュニケーションが禁止されている。我々にはあまりにも知られてはいけないことが多すぎるし、情が湧いてもいけないからだ。とはいっても自分には彼女への劣情を止めることはできていなかった。

彼女がここへ来てから、彼女のミスコン当時のインタビュー記事を見たりSNSの投稿を読んだりするのが癖になってしまっている。可愛げにかけるとも言えるほどの理知的な洞察や達観した人生観と、それに反比例するような女性的すぎる立体感ある体つきのアンバランスさがたまらない。彼女を知るほどに興味は増すばかりだ。正直なところ研究作業が捗って仕方がない。被験体をそういう目でみたことは初めてだ。それくらい彼女は逸材だった。

彼女は日に日に成長する自らのクリトリスや陰唇を、どう思っているのだろうか。果たして彼女は知っているのだろうか。この実験が最終地点を。いや、知らされているはずがない。この前途ある才女が、自ら人としての死を受け入れるなんてありえないのだから。